2026年、日本代表はW杯でブラジルの壁に阻まれ、決勝トーナメントで敗退した。悔しい結果ではあったけれど、あの26人のメンバー表をよく見ると、ある共通点に気づく。人口わずか4万人ほどの、ベルギーの小さな町のクラブを経由してきた選手が、何人もいるのだ。
そのクラブの名は、シント=トロイデンVV(STVV)。日本ではほとんど馴染みのない名前だが、冨安健洋や鈴木彩艶といった日本代表の主力が、欧州のビッグクラブへ羽ばたく前に必ずと言っていいほど通過してきた「登竜門」クラブだ。
面白いのは、このクラブがかつて地元から「日本人ばかりだ」と批判され、経営的にも決して楽ではなかったという過去があることだ。それが今では、黒字クラブとして経営が安定し、日本サッカーの強化に欠かせない存在になっている。批判された弱みが、なぜ強みに変わったのか。その「仕組み」を追ってみたい。
赤字クラブの時代
STVVは1924年創立、ベルギー1部リーグ(ジュピラー・プロ・リーグ)に所属するクラブだが、これまでの最高成績は1965-66シーズンの2位。決して強豪ではない。かつてのオーナーであるロラン・デシャトラール氏の下では、経営規模はごく小さかった。平均観客動員5,000~7,000人程度、下部組織との連携もなく、専属のトレーナーすら十分にいない――そんな運営実態だったと、後に買収したDMM.comの取締役は振り返っている。
その状況を変えたのが、2017年のDMM.comによる買収だ。日本企業が欧州トップリーグのクラブの経営権を握るのは、これが初めてだった。いきなり全株式を取得するのではなく、同年6月にまず20%を取得し、11月に約99.9%まで段階的に買い増す慎重なやり方を選んだ。地元のファンやサポーターを裏切らないための配慮だったという。買収の狙いは単なる広告塔ではなく、「40ある自社事業すべてを収益化する」という方針の一環として、事業としてクラブ経営を軌道に乗せることにあった。
「日本人ばかり」という批判
DMMがSTVVで取った戦略はシンプルだった。ベルギーは英語が広く通じ、そもそも外国人選手の登録枠という概念自体がなく、しかも欧州各国へのアクセスが良い。この立地を活かして、STVVを日本人選手が欧州でステップアップするための足がかりにしたのだ。
その結果、チームには日本人選手が次々と加入することになった。多いときには5人以上が在籍したこともある。地元のファンやメディアからすれば、見慣れない光景だっただろう。「日本人ばかりのクラブ」という批判が起こったのも無理はない。海外の一部メディアでも、STVVの補強方針が話題になったほどだ。
しかし、この「批判の的」だった日本人偏重こそが、のちにクラブを支える最大の武器に変わっていく。
黒字化の仕組み
プロサッカークラブの収入は、一般に「入場料・物販・放映権料・スポンサー・移籍金」の5本柱で成り立っている。STVVはスタジアム規模が小さく、入場料や物販の伸びしろは限られていた。そこでDMMが徹底的に力を入れたのが、スポンサー収入だった。
面白いのは、その売り方だ。ベルギーの相場に合わせて安く広告枠を売るのではなく、「日本と同水準の単価」で売るという方針を貫いた。無謀に見えるやり方だが、狙いは明確だった。日本の中小企業にとって、「自社の広告が欧州リーグのスタジアムに出る」というブランド価値には、十分にお金を払う理由があったのだ。
そしてその価値を裏付けたのが、冨安健洋(STVV→ボローニャ→アーセナル→アヤックス)をはじめとする選手たちの成功例だった。「STVVに行けば、欧州のステップアップの足がかりになる」というイメージが定着すると、日本企業からの支援はさらに拡大していく。ブランドがスポンサーを呼び、スポンサーが収益を生み、その収益がまた選手育成と成功例を支える――そんな好循環が生まれたのだ。
数字にもそれは表れている。スポンサー企業の数は、2018-19シーズンから2023-24シーズンにかけて約6倍に増加し、129社・約300人がシーズン報告会に参加するまでになった。移籍金とスポンサー収入の比率も、買収当初の2対1から1対2へと逆転し、スポンサー収入の実に9割が日本企業からのものになっている。買収から6年半で経営規模は約1.5倍に成長した。22-23シーズンには、ベルギー1部・2部を合わせてもわずか6クラブしかなかった黒字クラブの一つに数えられるまでになった。2023年にはSepteni Holdingsも資本参加するなど、日本企業による欧州クラブへの関与はSTVV一社にとどまらない広がりを見せている。
「日本人ばかり」という批判の的だった日本人選手の多籍こそが、皮肉にも日本企業のスポンサーを引き寄せるブランドとなり、クラブの経営基盤を安定させた。批判されていた弱みを、数字と仕組みで強みに変えてしまったわけだ。
選手たちのステップアップ
経営が安定したことで、STVVは“腰を据えて”日本人選手を育成できるようになった。代表的なのが冨安健洋だ。アビスパ福岡からSTVVに加入したのは2019年1月。半年後にはセリエAのボローニャへ完全移籍し、その後アーセナルの主力にまで上り詰めた。日本代表のキャプテンを務めた遠藤航も、2018年に浦和レッズからSTVVへ加入したのがキャリアの転機だった。翌2019年にはドイツのVfBシュトゥットガルトへ、2023年にはプレミアリーグの名門リヴァプールFCへとステップアップしている。ゴールキーパーの鈴木彩艶も、浦和レッズからSTVVに加入したのは2023年。翌年の2024年7月にはセリエAのパルマへ完全移籍し、さらに2026年8月にはプレミアリーグのアストン・ヴィラへとステップアップを果たすほどの逸材に成長している。
彼らに続くように、STVVを経由して欧州でキャリアを積む日本人選手は年々増えている。スポーツ面での結果も伴っていて、2023-24シーズンには9位でレギュラーシーズンを終え、上位プレーオフ進出圏内で健闘した年もある。「日本人ばかり」のチームが、ピッチの上でもしっかり結果を出しているわけだ。
2026年W杯との接点
冒頭で触れた2026年W杯。日本代表はブラジルの前に涙をのんだが、その26人のメンバー表には、冨安健洋、鈴木彩艶、遠藤航、鎌田大地、後藤啓介、そしてSTVVの現主将である谷口彰悟と、STVVでのプレー経験を持つ選手が実に6人も名を連ねていた。これは決して偶然ではない。小さな一つのクラブが、日本代表の強化に静かに、しかし確実に貢献し続けているのだ。
代表チームの強化というと、監督采配や戦術、あるいは選手個々の才能に目が向きがちだ。けれどSTVVの物語が教えてくれるのは、「経営的に自立し、持続可能な仕組みとして機能する海外拠点」もまた、代表チームを強くする立派なインフラだということだ。
まとめ
STVVの8年間は、一人のスター選手の成功物語ではない。「批判された弱みを、数字と仕組みで強みに変え、それを持続可能な形にする」という経営判断が、結果として日本サッカー全体の底上げにつながった、という“仕組み”の物語だ。
慈善事業でもなければ、親会社の持ち出しに頼った一過性の投資でもない。2022-23シーズンには黒字化を達成するなど、きちんと利益を生む経営体質へと転換したからこそ、STVVは8年以上にわたって“登竜門”であり続けることができた。この「続けられる仕組みであること」自体が、日本サッカーを強くする取り組みとして、もっと評価されていいはずだ。

この発想――批判された弱みを、数字と仕組みで強みに変え、持続可能にする――は、サッカーに限った話でもない。僕らエンジニアが日々向き合っている仕事やプロダクト作りにも、そのまま応用できる視点だと思う。
参考リンク
- 「日本人ばかり」と批判された赤字クラブが世界へ羽ばたく大逆転劇
- DMMはなぜシントトロイデンを買収?同社取締役が語る真意(footballista)
- STVVはいかにして黒字化に成功したのか(スポーツナビ)
- シント=トロイデンVV – Wikipedia
- 冨安健洋選手ボローニャ完全移籍のお知らせ(STVV日本公式)
- 日本企業が経営「ベルギー・シントトロイデン」、Jから世界への登竜門に(読売新聞/Yahooニュース)
- Sint-Truiden have “too many” Japanese players and won’t sign any this summer
- Septeni Holdings、STVVへの資本参加とプラチナムスポンサー契約発表










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